くもり空の荒川沿い

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休日は人間であふれる荒川沿いも、平日かつ雨が振りそうな天気だと鬱陶しい人間がほとんどいなくてすこぶる快適だ。

冷たい木枯らし、どんよりとした曇り空、人気を感じない空気、僕の好きな環境だ。

ダウナーな性格の僕は、晴天よりもどんよりとした空気感のほうが好きだ。心が同調する。

逆に晴天の日にリア充共が河原でバーベキューをしていたりするととても気分が悪い。邪魔で仕方がなく思う。そして「雨よ振れ振れ」と呪う。

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ハトのような鳥が集団で羽ばたいていた。

集団で生活する生き物を見る度、息苦しくならないものかといつも思う。

どうでもいい話だが、20前半の頃、スーツ姿で会社への通勤途中に、空中から飛来してきたハトのフンがべっとりと背中にくっついてしまい、途方にくれたことがある。

ハトのフンはボンドのような粘り気があって簡単には落ちず、その日1日はハトのフンをくっつけたまま過ごしたのだ。

それ以来僕はハトの野郎が嫌いになった。

くるっぽーという鳴き声が生理的に気持ち悪くなった。

変な老人がハトにエサをあげているのを目撃する度に嫌悪感を感じるようになった。

僕がハトの野郎を嫌いになった経緯はそんなところだ。

この飛んでる鳥がハトなのかは知らんけど。

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嗚呼…しかし、なんだろう、このどんよりとした空気感に同調してしまうのはなぜなのだろう。

小学生だか中学生の頃か、たしか友達に「曇り空ってなんか好きだわ。シンクロする。」みたいなことを言ったら誰一人共感してくれなくて「僕って変なのかな」なんて思ったことがある。

それ以来、なんとなく「晴天って気持ちいい。外で遊べるから。」と言わないといけないような圧力があるような気がして、大人になるまで「晴れのほうが好きだ」と自分を偽ってきたんだった。

でももう僕は30代。友達と呼べた人たちもどんどん疎遠になってしまって、友達の目を気にする必要もなくなったのと、だんだんと自分というものを知るようになってきたから、今はもう誰がなんと言おうと自分が好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌いだと言うようになってきた気がする。

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哀愁漂う猫が一匹でベンチに座り、遠くを見つめていた。

なんとなく、この猫とは友達になれそうな気がした。

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「隣りに座っていいかい?」

僕がそう言って隣に座ると、警戒されてしまった。

それになんだか目を細めているし、「なんだこいつ・・」と思われているような気がする。

そういえば僕は昨日頭を洗っていなかった。野良犬みたいな匂いを発していたため、こんな目をされたのだろうか。

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距離を縮めようとしたが、猫はゆっくりと動き出し、彼方へ去っていってしまった。

不安定ながらも心の赴くままに生活している猫が少し羨ましく思う。

まぁ猫には猫の辛い面があるんだろうけど。

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