ママ喜ぶかなー?

朝からずっと姪っ子と遊んでた。

弟夫妻や母親達は皆やることがあったので、代わりに僕が姪っ子の面倒を見てたって感じだ。

姪っ子は4歳になった。相変わらず異常なまでにかわいい。前も書いたが、姿形が可愛いだけでなく、その所作全てが動物的で純粋無垢な可愛さを感じるのである。

アンパンマンの動画に見飽きた頃、散歩に行きたい!と言うので、近所のあぜ道で一緒に散歩した。散歩の最中、道端に生い茂ってた雑草をおもむろにむしり、「これママにあげるの!ママ喜ぶかなー!」と、言っていた。

な、何ということだ。

僕が女性受けを狙って言うようなクソぶりっ子的な言い方ではなく、この子ときたら、純粋に心の奥底から、母親が喜んでくれることだけを願っている様子であった。こんな雑草を。なんたることだ・・・、これは可愛すぎるだろう・・・。「きっと喜ぶと思うよ。でもこっちのタンポポの方が喜ぶから、こっちにしようか。」と僕は答えた。

弟や友人が仕事と育児に追われて自分の時間が全くなくても幸せである、と言っていた理由がよくわかった。この純粋さは社会の淀んだ空気にいる間は感じることのない天使のような輝きだ。僕は驚いた!まさか、こんな純粋な人間が存在するとは・・・。と言うか子供ってこーゆーものか・・・。

会社での、相手の言葉の裏にあるものを探るような事などは一切やらなくていいのである。笑顔で近寄って来て、しつこくやれ新聞だの、ウォーターサーバーだの、NHKだの、怪しげな宗教だのと、不要なものを無理やり売りつけてくるような人間と同じ生き物には到底思えぬ。いやはや、やられてしもうた。凄まじい破壊力であった。笑顔で、小汚い雑草をむしり取って、ママ喜ぶかなー!などと、人間が言えるものかね。言えるのだな。まったく、子供ってやつは。

東京で働き続けて14年。心がドス黒く淀んでしまった僕だけど、少し汚れが取れたような感覚に陥ったよ。

そうしてタンポポと小さな雑草を手に持って早くママに見せたいと言いながら家に戻る時、子供は前なんてみやせずに全力疾走するもんだから、道路に飛び出そうとしたので手をつかんで静止させたりしたっけ。なんとなく、昔読んだ「ライ麦畑でつかまえて」を思い出したりした。

とにかくね、僕にはね、広いライ麦の畑やなんかがあってさ、そこで小さな子供たちが、みんなでなんかのゲームをしているとこが目に見えるんだよ。何千っていう子供たちがいるんだ。そしてあたりには誰もいない――誰もって大人はだよ――僕のほかにはね。で、僕はあぶない崖のふちに立ってるんだ。僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえることなんだ――つまり、子供たちは走ってるときにどこを通ってるかなんて見やしないだろう。そんなときに僕は、どっかから、さっととび出して行って、その子をつかまえてやらなきゃならないんだ。一日じゅう、それだけをやればいいんだな。ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ。馬鹿げてることは知ってるよ。でも、ほんとになりたいものといったら、それしかないね。馬鹿げてることは知ってるけどさ」

どうでもいい話だが、僕のこの口語的に書く日記は、ホールデンの影響を少なからず受けているよ。なんとなくわかると思うけども。

名作なので、心の淀んだ人間は、ぜひ。


夜になるまでずっと姪っ子と一緒に居たのでかなり疲れた。てかめっちゃ疲れた。

外にいるときはまったく目が離せないから神経をかなり使うのである。車が来たときは飛び出さないようガードしないといけないし。おママごとが好きなようでそれに付き合いながら色々と教えたりしないといけないし。家でYOUTUBE見てる時だけかな、目が離せるのは。その時に疲れからいつの間にか寝てしまっていた。起きたら姪っ子がおらず、うおヤベーーーーって思ったら、別の部屋でアンパンマン見てた。

昔、どっかのアホが「専業主婦の子育てなんて楽だろ。ニートみたいなもんだよ。」などと、子育てをやったこともないのに偉そうに言ってるクソみたいな人間がいたのを思い出したよ。僕のことである。アホだった。呪われ給え。

子育ては超大変なので母親一人じゃまず無理だなこれは。親を頼れないシングルマザーは死んでしまうよこれ。激務すぎて。

実家には二泊三日お世話になった。

また近いうちに帰省すると告げ、夜東京へ戻ることにした。

東京へ帰ろう。

淀んだ暗黒の街に。僕は。

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