某メーカーに派遣されることに
パソコン修理の仕事を2年ほど続けた頃、某メーカーに派遣されることになりました。23歳の時です。仕事内容としては、パソコン修理の延長とだけ。
環境がガラリと変わり、派遣された職場には自社の人間も数人いましたが、誰一人知る人はいませんでした。上司も変わりました。
これまで曲者上司に甘やかされながら育っていた僕は23歳という若さとは言え、社会人としての能力は同世代に比べて低いものでした。
この時は調子こいてたこともあり、髪の毛の色は茶髪だったり、派遣先の上司との会話中に携帯を見たり、始業時間を過ぎてからパンをガッツリ食べて怒られたり、新しい仕事が興味のないこともあって覚えるのに時間がかかったり、迷惑のかけっぱなしでした。
この上司も一曲ある人だったので、慣れるまではかなり苦労しました。でも初めの上司のように大きなパワハラをされたりはせず、寧ろビジネス的なマナーや電話応対等、基礎をしっかり教えてくれました。
初めはダメ出しがキツくて嫌になっていましたが、半年ほど経つと仕事にも環境にも慣れて、居心地は良かった気がします。
ちなみに環境が変わったせいか、当初は原因不明の高熱に襲われ、39度の熱が2週間も続くという惨事に見舞われました。
病院に行って検査するも、血小板が炎症を起こしてるくらいしかわからず、休みも続いてしまって体と仕事両方で思い悩んだことがあります。
2週間ほど休み、自然と回復はしましたが、アレは一体なんだったんだろう・・・。
ノロウイルスにかかったのもこの時期です。あれは地獄でした。もう二度とかかりたくない。
そうそう、このメーカーに派遣される前、会社の後輩の女の子(振られた子とは別の子)が送別会を開いてくれるという話がありました。でも昔からそういった会が嫌いだったので、つい本音で
「いいやー。そーゆーのめんどくさいから。」
と答えてしまい、その子は目を真っ赤にしながら、
「せっかくみんなで送別会のプランを考えてたのに!!何考えてんの!!?」(タメ口)
とマジギレされたことがあります。ああ、やっちまったなと後悔し、謝ったものの、その日は彼女の怒りが収まることはありませんでした。
ダサい話ですが、結構怖かったです。飲み屋も予約して決めてくれてたようで、後々後悔しました。もう少し気を使った発言が出来ればよかったのかなと。
結局、主役の僕抜きで送別会をしたそうです・・・。
そういえばこの子とはたまに遊んだりしてたんですよね。会社帰りにカラオケに誘われて終電まで遊んだり、よくご飯食べたり。
終電までカラオケした時、
「こんな時間だけどそこのホテルとかに誘ったりしないの?」
と笑いながら言われ、
「行かないよ、帰るよ。」
というやり取りをした思い出があります。
恐らくは誘っていたのだと思いますが、不細工な僕が言うのはおこがましいのですが、見た目がタイプではなかったのです。
将来への不安から転職活動へ
なんだかんだと職場が変わっても仕事や人間関係にも慣れ、3年目に突入して居心地は悪くありませんでした。
ただし、会社の規模が小さいことや、10年後の自分が想像できないという漠然と将来への不安が過りました。
給料はそんなに悪くはありませんでした。24歳の頃、月平均30時間の残業代を含めて年収は330万円~350万円くらいでした。
ボーナスは年間の手取りで48万円くらいあったと思います。中小企業の割には悪くないなという印象でした。
この会社に入って丁度3年が立ち、3年働いたという職歴もついたことで、働きながらコッソリ転職活動をすることにしました。
転職を決めた明確な理由はなかったのですが、もう少し規模の大きくて安定した会社に行きたかったから、という考えだったと思います。狙ったのはより条件の良いメーカーの子会社等です。
たしか合計4社ほど応募しました。DELL、菱洋エレクトロの子会社、某メーカー子会社、自社ソフトウェアを販売・保守している会社(名前忘れた)の計4社です。
筆記試験(一般常識)があるところは受かる見込みがないので、一般常識がないところで探しました。
結果的に、菱洋エレクトロの子会社は書類落ち、名前忘れた会社は面接に行ったらコッソリ一般常識があって2割も出来ずに即落ちしましたが、某メーカー子会社には内定することができました。
某メーカー子会社に内定したので、DELLの電話面接も決まっていましたが辞退しました。(後々思えば、DELLのほうがいい会社だったので、面接くらいは受けておけば良かったと軽く後悔しました。)
提示頂いた条件は下記の通りです。
- 基本給195,000万+交通費+残業代
- ボーナス年間4ヶ月(39万x2回)
- 退職金あり
- 年間休日123日+有給
残業が完全に0でも年収は330万になる計算だったので、これまでの残業30時間分を含む給料が貰えることになりました。メーカー子会社のブランドということもあり、当時は舞い上がって喜んだ記憶があります。
吉報だったので、母親にはすぐに電話して伝え、結構喜んでくれました。
内定を貰った翌日、上司(職場が変わった方の)に辞める意思を伝えました。上司は突然だったので驚いた顔をしていましたが、その後飲みに連れてってくれて応援してくれました。結構嬉しかったです。
退職の段取りが進み、何だかんだとお世話になった曲者上司にも辞めることを伝えました。
この上司からも飲みに連れてって貰えて、その時にかなり引き止められましたが、僕の意思が変わることはありませんでした。
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